05|HELL’S FIRE -第5話-死人の酒場『デスブーツ』

墓守キッチョムのおとぎ話

HELL’S FIRE

3.死人の酒場『デスブーツ』

死人の酒場『デスブーツ』

暗い階段の入り口に腰ほどの高さの台があり、ランプが一つ置いてある。キッチョムはそのランプに火をともした。キッチョムの顔が橙色に照らし出されるのをスタンは傍で見つめていた。

階段を下りていくと短い通路がある。そしてその通路を行くとまた階段…。地上から離れていくにしたがって、笑い声や楽器の音が微かに聞こえてくる。それらのたんなる響きはやがてはっきりとした言葉になり、歌になり楽器が奏でる音楽となって聞こえ始める。

キッチョムの目線の先にぼんやりと浮かぶ『デスブーツ』と書かれた看板、靴型のジョッキに赤いワインがなみなみつがれた絵が描かれている。その下には『おまえの死因はなんだ!』と書かれていた。

キッチョムはその看板を指先で軽く押した。看板は錆びついた鉄の音を立てて、ギシギシ揺れた。靴のジョッキを照らし出すランプの光がゆれるとワインが波打つように揺れているようだ。

「これはユーモアか?」後ろで不思議そうにスタンがうすら笑いを浮かべている。

「さあ…」キッチョムは看板から目を離すと扉を押して中に入った。キッチョムにそっけなく返されるとスタンも口を閉じそれに続く。

広く大きな部屋は思ったよりも明るい。太陽の光を見ることができないからだろう、死人たちはありったけのランプとろうそくを灯しているのだった。

ここは死人たちが夜な夜な息を吹き返し集まってくる酒場『デスブーツ』だ。廃材で作られたようなお粗末なカウンターがあり、酒樽がつまれている。いくつものテーブルがひしめき合うなか、天井からブランコがいくつか吊り下げられている。一人乗り、二人乗り…。古ぼけたピアノに、たくさんのガラクタ。酒場といっても廃材置き場のようだ。

だがこれが彼らの世界だった。

彼らが行く場所はほかにはない。50人ばかりの死人たちは話をする者はもとより、トランプに興じるもの、歌を歌い楽器を弾くもの、演説家さながらに独り言をいっている者、くるくるとダンスを踊るもの、足元には子供もいる。隠れたり、走ったり、叫び声をあげたり…、騒がしいことこの上なかった。しかし、死人たちは騒ぐこと以外することなどなかったのだ。

入口に近いテーブルに座りちびちびとワインを飲む太った男が、キッチョムとスタンが酒場に入るとすぐに気づき顔を上げた。

「スタン、遅いぞ!なにしてたんだ!?」席を立ち巨体を揺らしながら二人のもとへやってくる。

「デヴィ…。キッチョムを見に行くって言ったろ?」

「ちょっと見てくるって言ったんだ、アレグロの演説が終わるまでに帰ってくるって言っただろ?」デヴィの指差す方向に黒いひげを蓄え胸に手をあて大声で叫んでいる男がいた。

「アレグロは詩人だよ」キッチョムがそういうとスタンはその通りだといわんばかりにデヴィを見つめうなずく。

「それにだ、まだ演説終わってないだろ、その…ドラゴンが私に火を噴きどうのこうのってまだ言ってるじゃねえか」

「アレグロは同じ話をなんども繰り返してる!僕が気付かないと思ったか?ドラゴンにケツの穴を溶接された話は、もう126回目だっ!!」

「数えてたのか…?」

「フフ、僕は馬鹿じゃないからね」

「そこまで馬鹿だとは予想してなかったんだよ」

「なんだと!スタン、きみは外にでたんだ!!」デヴィがたまりかねてそう叫ぶと、酒場の音楽が止まり死人の青白い顔が一斉に入口の高い台に立つ三人の男を見つめた。

「おいおい、デヴィなにいってんだよ。出てないよ、出るわけないだろ!」スタンが笑ってそういうと死人たちは耳に入った言葉を忘れて木製のジョッキを手に取った。楽器は快活な音を取り戻し、叫び声が酒場にこだました。

スタンはほっと一息ついたが、三人の死人がスタンの言葉だけでは納得いかないらしく階段のもとへやってきた。

「ほんとだろうな…外にでてないって」死人が三人、スタンを睨み付けている。スタンは息を飲み、苦笑いを浮かべている。

真ん中の青白い顔をした男はオスカー・ゲイル。リサーチとフォックスという死人を二人従えてスタンを睨み付けている。やつれた顔にさらさらの白髪を真ん中で分けている。目は二重で男前だったがインテリを気取っているようなやさ男だった。

リサーチはスタンより背が高く体も大きかった。いつもゲイルの後ろに立ち人間だろうが、酒樽だろうがとにかく睨み付ける。大きな体だけが自慢の男だ。

フォックスは意地の悪そうな顔もそうだが性格も悪かった。いつもニヤついているが、なにがおかしいのか周りの者にはわからないのだ。とにかくあの黒く汚れた歯と歯並びの悪さが不快だ。ゲイルの後ろに隠れて首だけ出してにやにやしているのだからたまったものじゃない。

「出てないよ、講堂で食い止めた」スタンの肩に手を置き死人の目線を引き受けると、キッチョムは自分の頬のミミズ腫れを指差して言った。見ると目元も赤くはれて青あざができている。

ゲイルはキッチョムから目を離し、反応を確かめるようにスタンの顔を見た。スタンの顎の傷を見つけると鼻を鳴らしニヤニヤ笑った。

リサーチの腕を軽く叩くとゲイルは満足そうに元いた席にもどっていく。残されたフォックスがニヤニヤ笑いスタンを見ている。

「二度死んでみるか…」フォックスの耳元でスタンがそうつぶやくと慌ててゲイルのもとへ逃げて行った。しかし席に着くと脅されたことを忘れてしまったかのようにニヤニヤと笑ってこちらをみている。

「チッ…!」スタンが舌打ちをしてフォックスを睨んでいる。

「仕方ないよ、フォックスは頭がいかれてるんだ」デヴィがスタンの肩に手を置いて言った。「きっと後ろから後頭部を鈍器で思いっきり殴られて死んだんだ。あ…そう、凶器は花瓶かもしれない…いや、ああ!もしかしたら、死因は虫歯かもしれない。菌で頭がやられたんだ…、ああっ!!もしかしたら…」

「…名推理だ」スタンはデヴィの言葉を遮って「でもこれ以上は事件を複雑にするだけだ。やめたまえ」そう言うと笑ってキッチョムを見る。

キッチョムは笑っていた。声は立てなかったが楽しそうに笑っていた。スタンは胸をなで下ろした。最近は昔ほど笑わなくなり、時々ため息をつく。そして酒場でみなを迎えるのが日課だったのに、デスダストの実験が忙しいのか、遅れることがよくあった。

「よし、ワインをいただくか!」スタンはゲイルのことで礼はいわなかった。言うのが照れ臭かった。代わりにキッチョムの腕を力いっぱい叩いた。

キッチョムは少し悲鳴を上げたが笑っていた。デヴィは巨体を揺らしキッチョムの背後にまわるとその背中を押しながらこう言って笑った。

「お前の死因はなんだっ!!ははは!」

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