06|HELL’S FIRE -第6話-死人の酒場『デスブーツ』

墓守キッチョムのおとぎ話

HELL’S FIRE

3.死人の酒場『デスブーツ』

死人の酒場『デスブーツ』

キッチョムの前で木製のジョッキを軽々と持ち上げ、デヴィがワインを喉に流し込んでいる。喉元には分厚い肉がタプタプと揺れている。ジョッキをテーブルに叩きつけると酒臭い息をまき散らす。かなり酒がまわってきているようだ。

「美味だ!美味だよぉ…でも!でも!知っているかい、キッチョム!」

隣で片膝を椅子の上に引き上げてワインを飲みながらスタンはちらりとデヴィを見た。キッチョムは硬いパンを小さくちぎり口の中へ放り込みジョッキを握った。

「実際のところこのワインは美味だ。でもデスブーツがそう思わせてるんだ。生きてるときに飲んだオルス酒店のワインはこんなものじゃなかった!まるで、そう口の中でクルクルと回りながらいい女がダンスを踊っている。まさにそういった感じだ!」

「いまじゃどうなんだ?」あきれてスタンがいうと、デヴィはふと考えるそぶりをみせる。そして立ち上がってこういった。

「うん!舌の上で大量のノミが飛び跳ねているんだ!」

キッチョムは口に含んだワインをぶちまけた。スタンはそれを見て大笑いしたがデヴィはそれ見たかとしたり顔だ。

「ほら、見たことか!そうだろ?キッチョム」

「ちがうよ、君が変なこというからだ…」キッチョムは慌てて袖でテーブルを拭いている。

「ああ……ごめんよ」デヴィは巨体を椅子におろすと「ほら、あそこを見て。ソファで飲みつぶれてる爺さんだよ」

キッチョムとスタンがソファに目を向けるとひときわ大きいジョッキを抱いていびきをかいている老人がいる。壊れたソファに身をうずめ、鼻から頬が薄く紫色になっている。生きている頃は赤かったのであろう。

「知ってるよ、あれがオルスだ」スタンがそう言うとキッチョムも頷いてみせた。

「オルス酒店のもと親方だ」デヴィはそう言うと続けて言った「死の間際、町の奴らは親方に死人の免罪符を取らせたんだ。ワインの味を保つためだった。息子はまだ若かったからね。オルスは死んでからずっとそのカウンターの傍に立ち毎日テイスティングしてメモを取った。そして息子にブドウの配合はこうだ、熟成はああだって手紙を書いたんだ」

「で、どうしてこんなノミが飛び回るような味になるんだ?」スタンは話の腰を折った。

「まあ、聞けよ、話し終わってないから……」デヴィは不服を表した目でスタンを見た。「味は日に日に良くなっていった。季節が変わり新しい果実を収穫するころにはまた格段に味がよくなる。みんなテイスティングする親方を囲んでワインのうんちくに耳を傾けた、親方は演説さながらに講義をした。しかし、ある日を境にワインの味は変わらなくなった。それ以上に味は悪くなる一方だ。一人、また一人と親方のテイスティングに興味を失っていった……」

キッチョムはちらりとソファに深くうずもれるオルスを見た。ただの飲んだくれかと思っていたが、そう言う時期もあったのかと思うと少し哀れだ。デヴィの話はまだ終わっていなかった。腰をかがめテーブルに上半身を乗り出している。キッチョムは机が傾かないように腕をテーブルに乗せ体重をかけた。

「オルスはテイスティングで味が悪くなっていくのが許せなかった。怒り心頭で手紙を書き、飲んだくれてはジョッキを壊すんだ。オルスがテイスティングする度にジョッキが壊れたんじゃ、みんなたまったもんじゃないだろ?」

スタンはそらそうだとばかりに頷いて見せた。

「…うん、だからみんなでオルスのテイスティングをやめさせたんだ。そのかわりあの大きなバケツ…というかジョッキを渡した。その日からあのジョッキでノミのワインをがぶ飲み、カウンターじゃなくあのソファーがオルスの居場所になった。まるで毎日死んだように…、毎日そう、まるで死んでいるかのように、いや、かなり死んでいるかの……。その…」

「わかってる、とっくに死んでる。死んでるけど、その、魂も失ったかのようだ」

「そう、そのとおり!!」デヴィは合点がいったかのように机を叩くと興奮して立ち上がった。「スタンの言うとおりだ!」

「まあまあ、いいよ、座れよ」スタンがデヴィの袖をひっぱり椅子に腰を落とさせた「いまのはアレグロが使った表現を盗んだんだ」

「そうか、そうだったのか…」デヴィは尊敬に似たような眼差しを遠くで何やら叫んでいるアレグロに向けた。そしてキッチョムの顔に視線をうつすと「その、つまり、僕が言いたいのは、もっと上手いものが食べたくて…おいしいワインが飲みたい…」そう言うとディブィは肩を落とした。

キッチョムはデスブーツを見渡した。寄進品を集めるのがキッチョムの仕事の一つだ。しかし「寄進品」とは名ばかり、どれもこれもガラクタか、三級品、劣化版だった。このワインがいい例かもしれない…。

寄進品は町と教会との契約だ。何百年と続いてきた経緯がある。この教会は町なしではやっていけないし、町もまた教会なしではやっていけないはずだった。しかしいつの間にか、この教会は、この墓場が…。町の人々のお荷物となっていた。

「わかってる、わかってるんだ…デヴィ…」キッチョムはそう言うとデヴィの肩に手を置いた。「…僕が何とかする…」

「おいおい、何とかするってどうするんだよ?!こればっかりはどうしようもないだろう。デヴィと約束するなら食い物以外にするんだな」

スタンがそう言ったのも意に介さずキッチョムは立ち上がった。

「そろそろ部屋に戻るよ…」そう言うとキッチョムは立ち上がり、椅子に掛けてあったマントを手に取った。「デスダストを作らないと…」

「キッチョム、金曜日には寄進品を集めに行くんだろ?」デヴィが子供のような目をキッチョムに向けている。期待と好奇心が入り混じった目つきだ。

「ああ…」キッチョムは笑って見せた。

「そうか、はは」デヴィが嬉しそうに笑っている。

「なんだ?そんなにうまいものが喰いたいのか?」三人が目を向けると、いつから そこにいたのかゲイルがカウンターに持たれてジョッキを傾けワインを飲んでいる。

「ゲイルだって食いたいだろう?」いぶかしげにデヴィがそう言うとゲイルがキッチョムのもとに近づいてくる。

「まともな寄進品なんてキッチョムには無理だ、手に入るわけがないだろ。町の奴らはこいつのことを死人の使いだとか、悪魔の墓守だとか呼んでるんだからな。なあ、キッチョム、町の奴とまともに話したことあるのか?」キッチョムの顔にゲイルの酒臭い息が吹きかかる。キッチョムはゲイルから目を離した。事実、キッチョムは町の人間とほとんど会話をしたことなどなかった。恐れられる以上にキッチョムは町の人間を恐れているのかもしれない…。

「おまえは町の人間が怖いんだろ?ハハハ。図星か?!」

キッチョムのマントを握る手に力がこもった。

スタンは椅子を蹴り上げ立ち上がった。

「おっと!俺は親切で言ってやってるんだ。俺を誰か忘れたか?オスカー家のゲイル様だぞ?町一番の権力者だ!いいか、うまいものが喰いたけりゃ、うまい酒が飲みたけりゃ、このゲイル様に頼むんだな。頭を下げてお願いすれば…、そうだな、考えてやってもいい、ハハハハ!」そう言うと高笑いをしてゲイルは自分のテーブルへと戻っていく。

スタンが後を追おうとするのをキッチョムが腕を握って引き留めた。

「おい、俺はもう我慢の限界なんだけどな…」スタンが腕を引き払おうとする。

「君もそう思ってたろ!?僕が町の人間を恐れてると…」

「……!」スタンは驚いたようにキッチョムを見つめた。しかしその通りだった。「そ、そんなこと…」そう言いかけながらスタンは目線を落とした。

「ほんとのことだ…」キッチョムはテーブルのジョッキを手に取り「僕は大丈夫だ」そういって二人にジョッキを持つように促し、微笑んだ。

スタンはジョッキを手に取った。デヴィもそれに続いてジョッキを手に取り立ち上がった。
二人がジョッキを手にしたのを確認するとニヤリと笑いキッチョムは叫んだ。

「死者の胃袋に!!」これは飲み干せの合図だ。

スタンとデヴィは慌てるように「死者の胃袋に!」と声高にいうと一気にジョッキを傾けた。三人の喉元に大量のワインが流れ落ちていく。口元からワインが漏れ落ちていく…。三人はほぼ同時にテーブルにジョッキを叩きつけた。

「じゃあ、デスダストをつくるよ」

「ああ、頼んだぞ!俺たちはお前なしじゃ生きていけないんだから、な!デヴィ!」

「そのとおりさ、僕の体はみんな二倍あるからデスダストもみんなの2倍頼むよ!」

「ああ…考えとく…」キッチョムはクスリと笑うと二人に背を向けた。

キッチョムが階段を駆け上がっていくのを二人は見届け、椅子に腰かけた。

デヴィはちらりとスタンを盗み見た。なにやら真剣に考え込んでいる様子で言葉のかけようがない。かといってカウンターにワインを取りに行くのも妙に気が引ける。
 空になったジョッキの底をただただ覗き込んでいると後ろから後頭部をひっぱたかれた。

「いて!」

スタンがニヤニヤ笑ってデヴィを見ていた。

「何するんだよ!スタン!」
「お前は余計なことじゃべりすぎるんだよ!」
「ああ…ごめんよ…」デヴィが肩を落とすと、ジョッキが目の前に二つ置かれた。
「いいから、はやくワインついで来てくれよ、夜は長いんだ」
「ああ!そうだね、夜は長い」スタンの機嫌が悪くないと思うとほっとしたようにデヴィは笑みを見せ立ち上がり、カウンターへ急いだ。

スタンはぼんやりとデヴィの巨体を眺めていたが、実のところキッチョムのことで頭がいっぱいだった。

前のページへ 次の話へ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
第一章 目次へ トップへ戻る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です