04|HELL’S FIRE -第4話-肉屋の娘、マルゴーとアルト、そして『踵にバネを持つ男』

墓守キッチョムのおとぎ話

HELL’S FIRE

2.肉屋の娘、マルゴーとアルト、そして『踵にバネを持つ男』

男は顔に張り付いている仮面を手でぐいぐい押し付けている。取りたくても取れないその仮面を強く押さえつけているのは、どこからともなく漂ってくる鉄のにおいが鼻先をくすぐっているからだった。

男の仮面は下半分が崩れ落ち焼けただれた口元があらわになっている。屋根の上から漂う霧の中に身をなげると、通りの石畳に鉄の響く音がこだました。男の体はまるでヤジロベーのように右に左にゆれている。その体はひどく曲がり普通の男性の半分ほどの大きさだ。黒いマントで体を包み、常に地面に片手をついて体のバランスを取っていた。遠くにぼんやり浮かぶ肉屋の看板を見つけると嬉しそうに鼻をならし、猿のように片手を石畳に擦りつけながら不器用に歩いていく。

男の目に木製の看板をつなぐ二本の太い鎖が目に入った。男はにやりと笑うと嬉しそうに肉屋のドアに歩み寄っていく。

マルゴーは目を見開き、両手をテーブルに置いた。唇をきつく結ぶ。アルトがフランクと結婚…?まさかこんなばかげた話を聞かされるとは思ってもみなかった。町の人間が聞いたらどう思うかしら…、きっとアルトのことを憐れむにちがいない、わたしがついていながら……、そう思うにちがいない。

結婚…、それともわたしはアルトに嫉妬しているのかしら…?わたしがこの結婚に反対していると知ったら町の人間はわたしがアルトに嫉妬してると思うかしら…。許してあげられる、わたしはアルトの姉ですもの、アルトが幸福なら…。

でも、相手があのフランクなのよ…靴屋の使用人のくせして、あの男にどんな靴が作れるというの?売り物の靴を磨くしか能のないあの男にお金が稼げる?稼げるわけない!

店を構えるですって!?あの男は父さんのお金をあてにしてるだけ、私たち三人で稼いだお金よ。一フランだって渡しはしないわ!

わたしはアルトがかわいい。アルトの幸福を心から願ってる、嫉妬なんかじゃない。アルトのためよ、アルトのためなの…。

フランク…わたしはこの結婚を絶対に許さない!あなたを絶対に許さないわ!

マルゴーはきつく手を握り、アルトが残していった肉の塊を睨み付けた。うんざりだ、肉屋だなんて…、恥ずかしい…。豚や牛の死肉を切り売りするだなんて…。ただでさえ肉屋なのに、妹が靴屋の使用人と結婚、あんなに可愛らしい妹なのに…。許せないわ、フランクも…なにもかもよ!

そのときだった。ドアに何かが叩きつけられ鈍い音が部屋に響き渡った。マルゴーは驚き椅子から立ち上がった。ドアを見つめながら後ずさった。鎖が引きちぎれる激しい音が聞こえた。

マルゴーは恐る恐るドアに近づいていく。そして、ドアに手をかけ、なにか声をかけようと口を開くのだった。

アルトは床に跪き、上半身をベッドに投げ出して声を押し殺しながら泣いていたが、少し落ち着いてくると立ち上がり、ヒクッヒクッと喉をならしながら、窓の傍へ歩み寄った。顔を上げ月を探したがどこにも月は見当たらない。肩を落としため息をついた。まるで月にも見放された気分。窓の下は濃い霧に覆われている。手を窓に当てアルトは不思議そうにその霧を眺めた。

その霧の中に足を引きずるように前進する人影のようなものを見た。人影というよりなにか小さな虫のように思えた。

窓のすぐ下は屋根でおおわれており人影が見えなくなってしまった。窓に顔を近づけ下を眺めていると、階下で激しくドアを叩く音が聞こえた。

こんな時間に、お客さん…?

アルトは窓から手をはなし、ベッドに逃げ込んだ。横になって枕を引き寄せると、姉のマルゴーのことを考えた。きっと姉さんはお客さんを追い払うわ、姉さんにお客さんを愛想よく迎えることなんてできない。

アルトは体を起こし、座りなおした。枕を抱きながら考えた。お客さんの相手をするのは私の仕事だ。姉さんじゃムリ、追い返すにしても、お肉を売るにしてもきっとお客さんは気分を害するわ。

アルトは立ち上がったが、枕は抱きしめたままだ。

でも、いまは下に降りたくない!いいわ、追い返すなら追い返せばいいのよ。わたしはしらないわ。姉さんが一人で何とかすればいいのよ。姉さんの顔なんて見たくないもの!

アルトはベッドに横になり枕を頭に乗せ、耳を塞いだ。だが今度は激しくドアに何かがぶつかる音が聞こえた。枕で塞いだ耳にもその音が聞こえるほど激しい音だった。

ノックじゃない…。

アルトはベッドに起き上がると枕をぎゅっと抱きしめている。心臓が激しく鼓動するのがわかった。とても恐ろしく感じた。

タムズの部屋の扉が勢いよく開く音が聞こえ、大きな足音が部屋の前を騒がしく通り抜け階段を下りていく。アルトは枕を放り投げて扉にかけよった。

「ギャァァァァーッ!!」マルゴーの恐ろしい金切り声が上がる。聞いたこともない悲鳴とともに窓の外が明るくオレンジ色に光った。振り向き窓を見たが恐ろしくて外を、見る気にはなれなかった。恐ろしさのあまり、ただドアを開き父親の後を追うことしかできないでいた。

「マルゴー!!」タムズの叫び声が聞こえる。

タムズの後を追い、階段をいそいで降りていく、階下に降りると扉の向こうに大きなタムズの背中が見えた。霧の中にしゃがみ込み倒れているマルゴーを抱きしめているのがわかった。何度も名前を呼んでいるがマルゴーの体は石のように動かない。

「姉さん!姉さん!」そう叫びながらタムズに駆け寄った。タムズの背中に触れ跪きなんども「姉さん」と叫んだがマルゴーは動く様子がない。マルゴーの肩から上は焼けただれ、美しい黒髪は跡形もなく消え、黒い塵のようなものがそこらじゅうに散らばっている。白い煙が肉の焼けるにおいとともにあたりに漂い、髪を焼いた異臭が立ち込めている。

タムズがマルゴーの体をアルトに引き渡し立ち上がった。涙の止まらない瞳をあげてタムズが睨み付ける先を見た。そこにはあの黒い人影があった。虫のような人影はこちらに背中を向けてもぞもぞと動いている。

月が顔を覗かせあたりをうっすらと照らし出した。

常人の半分ほどの小さな男は鎖の音を響かせ、肩に豚の首をぶら下げていた。横顔がちらりと見える、男はアルトとタムズを見つめてうれしそうにクツクツと音を立てて笑っている。

タムズは訳の分からない叫び声をあげながら男に駆け寄っていく。アルトは何度も父親を呼んだがタムズの耳には届かなかった。

すると男は鉄がはじけるような音を立てて高く飛び上がったのだ。タムズの頭の上を飛び越えると恐ろしい速さでアルトに向かって飛びかかってくる。アルトの耳にさらに鉄の音が響いた。

「アルトォォォォ!」タムズの泣き叫ぶような声が聞こえた。

男の恐ろしい顔が間近に迫っていた。男の仮面は鼻も描かれず、細い線で描かれたような目があるだけ。赤い炎のような瞳がちらちらと光っている。仮面の顎の部分は割れて焼けただれた唇が露わになっている。

割れているのは顎の部分だけではなかった。仮面を突き破る二本の角、一本はすでに根元から折れているらしかった。ヒビが蜘蛛の巣状に広がっており、それは角が仮面に施されたものではなく生身の体から生えているものであることを物語っていた。角はゴツゴツしており小さな穴やへこみがある、まるで穴だらけの醜い石のようだった。

アルトは恐ろしさで身動きできず、ひたすらマルゴーの体に縋りつき顔をうずめた。

男は石畳の道に踵を叩きつけるとさらに高く飛んだ。月に向かって驚くほど高く飛び上がり遠くの屋根に飛び乗った。太い鎖を月の光の中で撫でながら満足そうな笑みを浮かべた。

男はアルトやタムズには目もくれず、闇の中に姿を隠した。屋根を蹴る恐ろしい鉄の音を響かせて……。

前のページへ 次の話へ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
第一章 目次へ トップへ戻る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です