08|HELL’S FIRE -第8話-グレスデンのおとぎ話
墓守キッチョムのおとぎ話
HELL’S FIRE
第8話 グレスデンのおとぎ話
グレスデンのおとぎ話
狭い廊下の先に階下へ降りる階段の降り口があった。その傍に自警団の若者が一人立っている。自警団おそろいのチョッキを着て、白く硬い帽子を被っている。ガードナーが廊下に姿を見せると背筋を伸ばした。
「いかがでした…?」
ガードナーが階段に近づいてくると男は興味深げに聞いた。
「カール…」
カールと呼ばれた男は細身の男で、気の弱い臆病な男だったが、ガードナーのそばにいるときは胸を張り偉そうにしている男だ。帽子に一人だけ黒いカラスの羽をつけ自警団副隊長を自負している。
「…アルトは?」
「ええ、下にいます。ほら…」
ガードナーは階段の降り口までやってくると階下を見た。アルトは階段の一番下に腰かけ縮こまっている。タムズの叫び声が聞こえすっかり怯えてしまったのだろう。両手で硬く耳を抑え震えており、泣いていることは容易に想像できた。
カールはガードナーの目を見つめ答えをじっと待っている。
「いまにわかる…」
そう言うとガードナーはカールの肩に手を置き引き寄せ、耳元に口を近づけた「いいか、アルトから目を離すんじゃないぞ…」
カールはキョトンとしていたが、慌てて背筋を伸ばすと敬礼をした。
「わ、わかりました!」
「うむ。」
ガードナーは頷くと階下へ降りていく。カールも慌ててガードナーに続いた。
しゃがみ込むアルトの体を避けてガードナーは床に足をつけた。アルトに一瞥くれると入口へ向かう。扉は開け放たれており外に馬の首筋を撫でている金髪の男を見つけた。男はロウガン・ハン・オスカー。この町の長、モンスリー・ハン・オスカーの一人息子。そしてご存じ、死人ゲイルの甥である。おそらくゲイルが死んだのはこのくらいの年ごろなのだろう。長い睫に、深い二重の瞼。ゲイルの血がその体に流れているのがそれとわかる顔立ちをしている。
ロウガンはガードナーを見ると自警団の一人に手綱を握らせ、招いてもいないのに堂々と入ってきた。そしてガードナーと言葉を交わす前にうずくまっているアルトを見つけ駆け寄った。ガードナーは口に出かけた言葉を飲み込んだ。ロウガンはアルトの前に跪き肩に手を置き呼びかけた。
「アルト!アルト!大丈夫か?!」
ロウガンが声を発すると耳を塞いだ手にさらに力を込め、アルトはひたすら頭を振るのみだった。
「かわいそうに…」
そう言うと立ち上がり、ガードナーのもとへやってくる。さりげなく手を差し出し握手をもとめてきた。ガードナーは思わず手を握る。この男お得意のパフォーマンスか…ガードナーは思った。
「うん…、たいへんなことになったな…」
満足げに頷くと、ロウガンは後片付けが放り出された店の中を見渡した。肉も皿も全部放り出されたままだった。木の桶が足元に転がっている。肉の周りを一匹のハエが飛んでいる。ガードナーを従えロウガンは胸をはり腰に手を置いている、店の中を見渡す姿はまるで自分が主役だといわんばかりだ。
「ええ、ミスターロウガン…」
ガードナーは仕方なくその芝居にしたがった。
「すみません!通してください!!」
ロウガンとガードナーは野次馬に首を向けた。人混みはどうやらその数をどんどん増やしてるらしかった。人混みが波のように揺れている。声を上げるものが誰か悟るやいなや人混みは慌てて道を作った。
やわらかい黒髪を短く切っている頭が人混みをかき分けていた。開いた道にその姿を現すやいなや店の中に駆け込んでくる。
「アルト!!」
靴屋の使用人、ハンソン・フランクだった。
ガードナーがそれがフランクだと気づいた時にはすでにアルトに駆け寄り抱きしめていた。
「アルト!アルト!」
アルトはかたくなに耳を抑えている。フランクはその手を握り何度も叫んでいる。
「アルト!僕だ!どうしたんだ!?なにがあった!?」
アルトはゆっくりと顔をあげる、目の前の男を乱れた髪の隙間から覗き見る。頑なに耳を抑えていた手が激しく震えている。
「ああ……」
アルトは手を伸ばす、しかし手の震えはさらに大きくなるいっぽうだ。泣きはらした瞳からさらに大粒の涙があふれ出した。たまりかねたようにフランクに抱きつくとアルトは大声を上げて泣き出した。
フランクはアルトをきつく抱きしめ「大丈夫、僕がそばにいるだろ?大丈夫だから…」そう言いながら頭を撫で、乱れた髪を直している。
「さあ…こんなところに座り込んでちゃだめだ…」
そう言うとフランクはゆっくりとアルトを立たせた。アルトもそれに従うのだがフランクの胸に顔をうずめている。離れることはできなかった。やさしくアルトの体を抱き寄せながらテーブルの傍に寄り、椅子を引き寄せ座らせた。
自警団の一人が気を利かせて肉を載せた盆を持ち店の奥に姿を消した。
アルトはフランクに体を預け顔を両手で覆い泣いていた。
「フランク、私が、私がいけなかったの…」
アルトはそう言うとフランクの二の腕を強く掴んだ。
「な、なにを言ってるんだ、君のせいなんかじゃない。悪いのはマルゴーにひどいことをしたやつだろ?君がなにをしたというんだ?」
「何もしなかったの!お客さんが来たと思ったわ。私知っていたのよ、誰かがドアを叩いたのを…でも私、知らないふりをしたわ。お客さんの相手は私の仕事なのに!!私…姐さんの顔なんて…顔なんて…」
見たくない!!そう思った。だがそのことを口にすることができなかった。姉の焼けただれた顔が脳裏を横切る…。アルトはまた大声を出して泣き出してしまった。
ロウガンはガードナーの背中を押し、外に出ようと促した。
入口に立った二人は松明の光をその体にうけている。まるでガードナーは舞台上に上げられた気分だった。
「マルゴーは…、大丈夫なのか?」
マルゴーのことを思いやって聞いているのだろうか…?ガードナーは興味の目を向ける野次馬の視線を感じた。
「ええ、命に別状はないと…」
ガードナーは言いづらそうにうつむいた。
「そうか、それはよかった。安心したよ」
ロウガンは笑みをみせた。「美しい女性だからな、なに、今回のことは少しヤケドを負ったようなものだな」
ガードナーは違和感を感じた。あまりにロウガンが楽観的だったからだ。彼は馬鹿ではない。念には念をいれる。何事も慎重を期する男ではなかったか…。
しかし、安心したのか野次馬の中には笑みを浮かべるものもいた。
「いえ……」
「ん?…どうした?」
ロウガンの目が話をしろとガードナーに訴えかけている。
「顔を焼かれてしまったんですよ、生きているのも不思議なくらいです…」
それを聞いたロウガンは言葉を失った。野次馬もまた同じだった。ロウガンは手で顎を撫でた。
「…悪魔…悪魔の仕業らしいな…」
怒りにみちた低い声だ。だがその声は集まった野次馬たちの耳に届くのに十分だった。
なにを馬鹿な…。そう思ったがロウガンの顔を見てその考えを捨てるべきだと思った。バレル・ガードナーの性根は腐っていたのだ。そして彼の腐った性根が彼にそう思わせていた。
「ええ…」
ガードナーは無意識にそう答えていた。
野次馬たちは一様にざわついた。悪魔だなんて…。こわいわ…。そういった声がそこかしこから聞こえてくる。
「われわれのおとぎ話が現実になったわけだ…」
野次馬のざわつきがさらに激しくなった。
ロウガンは野次馬を見渡した。野次馬は目に恐怖の色を浮かべてロウガンを見ていた。この瞬間、野次馬は聴衆へと変貌していた。
「私たちは幼い頃から恐ろしいおとぎ話を聞かされてきた…」
聴衆の中の一人の男がその通りといわんばかりに頷くのを確認するとロウガンは軽く頷いてみせた。
「うん…なにか悪いことをすれば、夜布団に入るのをいやがれば、やつはやってくると聞かされた……、われわれの目を焼き、胴体からこの首を切り離すために!」
ロウガンはまるで聴衆を脅すかのように声を荒げ、怯える顔を見渡した。
「終わらせるんだ…」
低い声が聴衆の胸に響く。聴衆は息を飲んだ。
「終わらせるんだ…このおとぎ話を!」
バレル・ガードナーはロウガンの言うことの意味が分からないでいた。いやわかりたいとも思わなかった。しかし、ガードナーはいぶかしげに眼を細めると、聞かずにはいられなかった。
「終わらせるとは…、その…?」
「墓守だ…」
聴衆はざわついた。『ハカモリ…』という囁く声がそこかしこから聞こえてくる。
「墓守を…地獄へ送りかえすんだよ」
ガードナーは驚いたようにロウガンを見た。そんなことをしてなんになるのだ?そう言おうとした。しかしその言葉を飲み込んだ。いや、彼の腐った性根がガードナーに言葉を飲み込ませたというべきであろう。オスカー家の跡取りに意見して得なことなどあるだろうか…?
「われわれの手で恐怖のグレスデンのおとぎ話を終わらせ、子供たちに勇気と安息を与えるおとぎ話を聞かせてやろうじゃないか!!」
ロウガンは足を踏み出した。まるで舞台に立ち聴衆をあおるように拳をかかげ歩きながら叫んでいる。聴衆の目はロウガンに釘付けになり、首がロウガンの姿を追っている。
「ここに誓おう、私ロウガン・ハン・オスカーとそこにいるバレル・ガードナーは必ずや墓守を地獄へ送り返してやる!!」
「……!!」指を差され突然やり玉にあがった自分の名前にガードナーは驚き、あやうく声をあげそうになった。しかし聴衆の驚きと期待の入り混じった瞳の輝きに居住まいを正す以外に道はなかった。
「ほかに、私たちに手を貸してくれるものはいるか!?」
聴衆に問うロウガンの声は力強かったがすぐに手を上げようというものは出てこない。顔を見合わせお互い牽制している。手を上げようとする男の肘を掴み首を振る女性もいる。
ロウガンは鋭い眼光を聴衆に向ける。聴衆は首を縮めて押し黙っている。ロウガンの目がドアの近くにたたずむ自警団副隊長のカールを見た。カールは目を丸くして背筋を伸ばし、おそるおそる手を上げた。
ロウガンはカールの手を取り、その手を力強く握った。「君は勇気があるな」そう言うと賞賛の微笑みをカールに向けた。
カールは胸を張ってうなずいた。まるで重大な任務を請け負ったかのように緊張が背中を走った。
カールの握った手を離すとさらに聴衆に目を向け、口を開こうとしたその時だった。
「私がお手伝いします!」
ドアの中からハンソン・フランクが歩み出てきた。怒りに満ちた目をしている。思いつめたような表情には硬い決心がにじみ出ていた。
「私にも、手伝わせてください…」
そう言うとフランクは聴衆の前に立った。
聴衆の目がフランクに釘付けになる。ガードナーはその緊張感の中、不敵な笑みを浮かべる人間を見た。ほかならぬロウガン・ハン・オスカーだ。
役者がそろった…ガードナーはそう思った。以前町にやってきた旅芸人の芝居で同じ感覚を覚えたことがある。芝居の中でここぞという時に出てくる登場人物。その人物が出てくるときの観衆の気持ち。否応なく物語に引き込まれる観衆…あとは幕が下りるまで彼らは芝居の虜となる…。
しかし、ロウガンは不敵な笑みをかき消しこういった。
「きみが?フランク、君はアルトのそばについていてあげなければ…」
「いえ、僕も手伝います。アルトは僕の恋人だ…僕にとってマルゴーは家族も同然…どうしても許せないんだ…」
そう言うと店の中で肩を落とすアルトをちらりと見た「僕は彼女を守りたい…。傍にいたい…。でも、もしも戦うことで彼女を守る道があるなら、僕は迷わない…、戦います」
聴衆から鼻を鳴らす音が聞こえた。女が顔を隠し涙を拭いていた。誰もが声を上げずただその場に立ち尽くしている。
「ああ…!」
「まさに私もガードナーも同じ気持ちなんだ!!君は家族を!私たちはこの町を!!命をかけて守ろうじゃないか!!」
ロウガンはフランクのもとに歩み寄りフランクを強く抱きしめた。そして、一人また一人と手を上げていく…。もう彼らの肘をひっぱり引き留めるものはいなかった。町の人間は虜となっていた。ロウガンはまんまと観衆を舞台に引き上げたわけだ。
民衆とは愚かなものだ…。ガードナーは心の幕を引き下ろした。もうロウガンの民衆を煽る声も、騒ぎ立てる野次馬の声もどこか遠くから聞こえてくる雑音のようだった。ただ月の周りに浮かぶ黒雲が風に流されていくのをぼんやりと見ていた…。
もしも、バレル・ガードナーの意識に考える力が残っていれば、遠い屋根の上、煙突のすぐ真下に二つの赤い光を見つけ、それがなんであるか確かめようとしたであろう。ろうそくの光よりも赤く輝くその光を視野にとらえながら、バレル・ガードナーはそれを見逃していたのである…。
お読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ、この物語の余韻をお聞かせください。
